介護職への転職

キツ~い工員から介護職へ!今も続けられるたったひとつの理由は笑顔

「介護職って他の職業に就けない人種の集まりだよ!」と大型掲示板で言い切っている人たちがいるので、驚いてしまいます。

介護業界に入って10年ずっと採用を担当。

確かに就活に失敗したから、転職できなかったからって介護職になる人種もチラホラと見てきましたし、中途半端なマインドで入職して、3日で辞めた中高年なんて星の数ほど見てます。

それでもこの業界に残っている人達は、やっぱりお客さんの笑顔が見たくて介護のお仕事に就いている志の高い人達なんじゃないでしょうか?

独り暮らしを夢見て工員になるもキツ過ぎて転職を検討

私は現在、福祉用具貸与事業所に努めている38歳の男性です。19歳から30歳までの11年間、特別養護老人ホームに正社員の介護職員として勤務してきました。

私は高校卒業後、豆腐を作る工場で働いていました。

高校1年生の時に父と母が離婚し、私は母と生活。当然大学に行けるような経済状況でなかったため、高校卒業後は大学には通わず就職するつもりでした。

そしてせっかくなら地元を出て他県で仕事をし、一人で自由に生活をしてみたいと夢見ていたので、何気なく求人誌に募集があった他県の豆腐工場を面接しました。

結果、採用。夢の一人暮らしを手に入れた私はすぐに引越し。一人暮らしを始め、豆腐工場でせっせと働きました。ですが、たかが豆腐、されど豆腐。

これは、めちゃくちゃキツかった。

スーパーで売られている20倍ぐらいの大きさの豆腐の塊を、1日に何10個と扱って恐ろしく体力を使うんですね。

しかも朝は早く夜は遅いときたもんだ。

1年ほど働くと、慣れない土地での生活でもあり、心身ともにボロボロになってしまいました。18歳の社会に出たことがない私は、一人暮らしと働くことを甘くみていました。

先入観が強すぎて介護業界には興味が持てなかった

何か新しい仕事はないものかと仕事が休みの日、転職サイトを眺めていると介護職員募集の記事を見つけました。

介護なんて体験したことありませんし「介護職は腰が痛くなる」「おむつ交換が大変」など、何となくマイナスのイメージが強く、特に気に掛けることもせず他の求人情報を読み漁っていました。

その次の休日の朝だったと思います。

私が朝食を買いに玄関のドアを開けた際、デイサービスのお迎えの車が私の住んでいるアパートに停まっていました。

私の住んでいるアパートには一人暮らしのおばあさんがいて、その方はデイサービスに通っていることを私は以前から知っていましたが、鉢合わせしたのは初めて。

ちょうど車に乗り込むおあばあさんから「おはよう」と言われた私が、軽くおばあさんに会釈した直後、「おはようございます。今日は天気がいいですね」とデイサービスのスタッフの方から声を掛けられました。

思いがけない声掛けにびっくりしたのと同時に、私は思わず「介護の仕事は楽しいですか」と聞いてしまいました。

スタッフの方からは「もちろん、楽しいですし、やりがいがあります」と笑顔で言われ、その日以来、私は介護業界に興味を持ち始めました。

転職サイトで情報収集して直接応募したら採用された

豆腐工場で働くことが心身ともに限界になりつつあり、介護業界が気になっていた私は転職サイトで、介護業界の求人がないか色々と調べ始めました。

すると、なんとうちの近くにある特別養護老人ホームが介護職員を募集しているではありませんか!しかも正社員です!

未経験者歓迎の文字に気持ちを押され、私は思い切って電話しました。

ドキドキしながら「募集を見て電話しました」と言うと、数日後に面接に来てほしいとのこと。面接までの数日間は緊張であまり眠れません。

私に介護なんて出来るのだろうか、おむつ交換は難しいのか、恥ずかしがらずにご高齢の方と話ができるのだろうか。

そもそも何の経験もない20歳前の私を、採用してくれることなんてあるのだろうか?色々考えながらついに面接の日になりました。

面接では、施設長と事務長とお話をしました。何を話したかあまり覚えてはいませんが、施設長が優しい笑顔で接してくれたことは、今でも思い出せます。

それと「やさしさがあれば、きっと大丈夫だよ」と施設長に言われた時は、なぜか涙が出そうになりました。

数日後に事務長からお電話をいただけ、面接結果はなんと合格。

豆腐工場の社長さんには頭を下げ、自己都合退職。社長さんはとてもいい人で「豆腐作りは大変だっただろう。若いのに1年間もよく頑張った。これからも頑張れよ」と言ってくれました。

ありがとう、社長さん。こうして私は新たに介護職員として働くこととなりました。

10年以上介護職を続行けられる理由はお客様達の笑顔

転職し始めの1カ月はキツかったですね。

おむつ交換の便のにおいに吐き気をもよおしたり、食事介助をしても食べてくれないこともありました。

入浴時の更衣介助は、上手に服を脱がせたり着せたりすることもできず、迷惑を掛けました。

何度も上手く仕事ができず、辞めようとすら考えました。

そんな私がなぜ11年間も介護の仕事を続けられたかと、あるおばあさんのおかげです。その方は車椅子での生活でしたが、比較的お元気な方。その方は「私の孫みたいで可愛い。頑張ってね」と毎日声を掛けてくれました。

優しい人で、私はその方が大好きでしたが、私が連休み明けに出勤すると、その方が亡くなったと聞きました。

数カ月前から癌になっており、病状が急変したそうです。何も知りませんでした。というより、忙しさにかまけて何も知ろうとしていなかったのかもしれません。

その方の部屋に行くと、すでにベッドはきれいに整頓されており、荷物も何もありませんでした。「癌のきつさを耐えながら、私に笑顔で声を掛けてくれていたんだ」と思うと、涙が溢れて止まりませんでした。

その日以来、私は仕事に対しての姿勢が変わりました。

言い方が悪いかもしれませんが、入所されている方は人生の最終章を迎えつつあり、そのような方の介護をしているのだから、しっかり介護をさせてもらわなければ、と。

結果、徐々に介護の仕事に慣れ、入所者の方から「ありがとう」「あなたのおかげ」などの言葉をいただけるようになりました。転職してこんな気持ちになれたのは、大好きだったあのおばあさんのおかげ。

私は今、福祉用具貸与事業所に勤めています。

老人ホームに入所される前の段階の、在宅で生活をされている方のお手伝いをしてみたくなったからです。

キツい時や、辛い時は今でもあのおばあさんを思い出します。おばあさん、あなたに逢えて良かった。私はずっと感謝しています。

工員から介護職へ転職して今も続けられる理由は笑顔

要点まとめ
  • 独り暮らしが夢で他県の豆腐工場に就職
  • 介護職員の活き活きとした姿を見て感化
  • 転職サイトで情報収集し直接電話をかけてみた
  • キツいこともあるがお客様の笑顔が栄養ドリンク
  • 更なる高みを目指し福祉用具貸与事業所を立ち上げ